一人の先生との出会いから研究の世界へ

電子物性研究室

応用物理学領域(大学院) 修士2年

井口 准甫 さん

高校と大学の物理は違う

実を言うと、高校では物理が苦手でした。高校のとき、補習を受けることになった唯一の科目が物理。でも、大学に入ったら、物理がとても好きになったのです。

高校と大学の物理は別物です。高校の物理は、公式を教わり、前提条件を与えられたうえで一つの答えを導き出すという学び方をしてきました。ところが、応用物理では、物理の公式は道具のようなもの。式が意味する法則をしっかり理解していれば、暗記しなくてもいいのです。いろいろな物理現象にそれらをいかに応用するかを考えて実行して、うまくいくかどうかを試していきます。これが応用物理における物理で、私の場合、このやり方がとても性に合ったのだと思います。

写真:井口准甫さん

大学での巡り合わせで変わった

入学してしばらくして、あるとき大学がアルバイトを募集していることを知ったんです。工学部の先生が実験授業をするときに手伝うという内容でした。

その実験授業を担当したのが、今、私が所属する研究室の指導教員である松田和之先生でした。当時は、松田先生の指導を受けることになるとは思いもしませんでしたが、身近に接する機会を何度も得ることができて、先生の専門性の高さやそのお人柄にひかれていきました。

そして、これも偶然だったのですが、私が履修していた授業で「高温超伝導」について調べて発表することになり、それがまさに松田先生の専門分野でしたので、発表前にわからないことを質問するたびに、いろいろなお話を聞くことができました。なかでも興味深いと感じたのが、とても小さな物質の性質にかかわる「ナノサイエンス」のことでした。

その内容はもちろんですが、松田先生の研究に対するあふれる思いにも触れて、「この先生のもとで指導を受けることができたら、自分は成長することができるかもしれない」と直感的に思いました。そこで、3年生になって所属する研究室を決めるとき、迷わず松田先生の研究室を選びました。

「この研究がやりたい」という思いがあって研究室を選んだというより、先生の人柄にひかれて選んだという感じです。この研究室に入ったのも、今の研究テーマを選んだのも、完全に巡り合わせですね。神奈川大学に入学し、気づいたら苦手の物理が得意になっていた。そして「この先生のもとで学びたい」と思える偶然の出会いがあって、ナノサイエンスの研究テーマにも出会い、それで今に至っています。

こうして振り返ると、師事する先生との出会いが大きかったと感じます。また、他大学の研究グループとの共同研究や、つくば市にある放射光実験施設「フォトンファクトリー」での実験を通して、他大学の学生との新しい出会いもありました。このような出会いは狙ってもできないものですが、だからこそ、目の前に現れたチャンスには積極的に挑んで、そこでの出会いを大事にすると、何か大きく変わるきっかけを得られるのだと思います。少なくとも、今までやったことのないことをやったり、知らなかった人に会ったりすれば、視野は広がりますから。

写真:実験機材

ナノサイズのチューブの可能性を追求する

4年生となり卒業論文を書くにあたっては、「NMR」と呼ばれる核磁気共鳴装置の基礎技術について研究することにしました。この装置は、病院などにあるMRIで使われているものです。具体的には、太さが1㎜の1/1000000ぐらいのとても細いチューブ「カーボンナノチューブ」の内部に「アルカン」と呼ばれる化合物を入れたときに役立つ観測技術について調べました。アルカンは炭化水素に属する分子で、石油にも多く含まれています。

大学院に進学してからの研究も、4年生のときの研究を発展させたものです。アルカンの一種である「ヘキサン」や「デカン」がカーボンナノチューブの中でどのようにふるまうかを調べ、例えばヘキサンやデカンのどちらがカーボンナノチューブに入っていきやすいかを明らかにしようとしています。

このようなことがわかってくると、いろいろなものが混ざっている石油からカーボンナノチューブを通して欲しい種類のアルカンだけを取り出せるようになって石油の精製にかかる費用を安くできたり、この技術をより複雑な分子の分離に応用することで医薬品の製造過程にも役立つと考えています。

今の研究でおもしろさを感じるのは、シミュレーションという仮想的な面と実験という現実的な面の両方があるところです。コンピューター上につくられた仮想空間の中にアルカンとカーボンナノチューブを配置しシミュレーションをしたときの結果と、実際に実験してみて出た結果が合って矛盾がなかったときはうれしい気持ちになります。逆に、矛盾が生じてしまったときは、シミュレーションの仕方や実験の結果が間違っていないか、もう一度最初から見直します。これがつらいところなのですが、それでも乗り越えて結果が合い、それが新しい発見につながると晴れ晴れとした気持ちになります。また、その成果を学会で発表できたときには自分自身の大きな成長を感じました。

写真:井口准甫さん

応用物理の分野に向いている人は……

高校と大学の学びの違いとは、一言で言えば、勉強と研究の違いなのだと思います。先ほども言いましたが、研究では知識の暗記は必要ありません。重要なのは研究を前に進めること。ここでの学びは、物理を応用するにあたっての方法や基礎を身に付けることです。

勉強はどうしても「やらされている」という感覚がありますが、研究となると自分から自主的に進めるものだと実感しています。新たに必要となる知識が次から次へと出てきますが、それは自分がやりたい研究を進めるための必然的な学びなので、「やらされている」という感じがまったくありません。

自主的に学んで、どうしてもわからないところは先生に教えていただく。そうやって自分の研究に応用していくのですが、研究とは成功したり失敗したりの繰り返しです。そういうプロセスを楽しめるのなら、応用物理の分野はきっと向いていると思いますよ。

写真:井口准甫さん